大切な人が亡くなった日の話

先日、大切な人が亡くなった。

 

93歳だったので、いつそうなっても不思議ではなかったけど、それでも心のどこかでまだ元気でいてくれると思っていたから、その訃報を聞いた時は取り乱してしまった。とてもお世話になった人だし、年始にお見舞いに行ったこととかいろいろ思い出して、涙が止まらなくなった。仕事中だったので泣きながらパソコンで作業していたら、

「今年の花粉はひどいっすよねー。」

と同僚に声をかけられた。この季節は好きなだけ人前で泣いてもいいらしい。初めて花粉に感謝しようと思った。

 

通夜や葬儀は決められたしきたりを必死にこなすことに精一杯で、故人を偲ぶ余裕もなかった。93歳にしては驚異的な骨の量で、骨壷満杯になったのには一同驚いた。心身ともに最期まで元気な人だったと思う。

 

葬儀慣れした年配者を見ると、死に対する免疫に対して圧倒的な差を感じる。季節の移り変わりを眺めるように、人の死をあるがまま受け入れることがまだ自分には出来ない。形あるものはいつかなくなる。そういう言葉をつぶやいて平然と過ごす日が来るのだろうか。だとしたら少し悲しい。咲き誇る花の色が少しずつ色褪せていくのに気付かないふりを許されるのなら、今はまだもう少し目をそらせていたい。